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横浜地方裁判所 平成5年(行ウ)14号 判決

原告

比留間淳一(X)

訴訟代理人弁護士

新美隆

藤沢抱一

小川佳子

被告

横浜市長(Y) 高秀秀信

右訴訟代理人弁護士

村瀬統一

栗田誠之

二川裕之

主文

一  本件訴えのうち、被告が原告に対し、平成五年三月一日付けでした「横浜国際総合競技場(仮称)整備に伴う環境調査報告書(資料編)」の一部非公開決定処分中、横浜国際総合競技場(仮称)整備事業計画地域内の現況利用状況に関する図面二枚部分を除く部分の非公開決定処分の取消しを求める部分の訴えを却下する。

二  本件請求のうち、被告が原告に対し、平成五年三月一日付けでした「横浜国際総合競技場(仮称)整備に伴う環境調査報告書(資料編)」の一部非公開決定処分中、横浜国際総合競技場(仮称)整備事業計画地域内の現況利用状況に関する図面二枚部分の非公開決定の取消しを求める部分の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が原告に対し、平成五年三月一日付けでした「横浜国際総合競技場(仮称)整備に伴う環境調査報告書(資料編)」の一部非公開決定処分を取り消す。

第二  事案の概要

一  本件は、横浜市が、横浜国際総合競技場建設計画を構想し、その環境調査等を、業者に委託し、報告書を作成させたところ、原告から、横浜市公文書の公開等に関する条例(以下「本件条例」という。)五条一項に基づいて、右報告書の公開を平成五年一月六日付けで請求された(以下「本件請求」という。)が、被告は、右請求に係る報告書のうち、「横浜国際総合競技場(仮称)整備に伴う環境調査報告書(資料編)」(以下「本件文書」という。)については、そこに記載されているのは、本件条例九条一項一号(個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの)、四号(国、他の地方公共団体又は公共的団体からの協議、依頼等に基づいて作成し、又は取得した情報であって、公開することにより、国等との協力関係又は信頼関係が損なわれると認められるもの)、五号(市の機関内部若しくは機関相互又は市の機関と国等の機関との間における審議、検討、調査研究等に関する情報であって、公開することにより、当該審議、検討、調査研究等に支障が生ずると認められるもの)に該当するとの理由で、平成五年三月一日付けで本件文書を非公開とする旨の一部非公開決定(以下「本件処分」という。)をしたため、原告が、本件処分は違憲・違法であるとして、その取消しを求めているものである。

なお、被告は、本件処分後の平成六年三月二三日、本件文書のうち、後述の図面部分を除いた部分について、市民の公開請求に応じており、しかも、本件訴訟において、右部分を書証として提出し、原告はその写しを受領したから、本件訴えのうち、右図面部分を除いた部分の公開を求める訴えは、訴えの利益を欠き不適法であると主張している。

二  争いのない事実

1  原告は、横浜市に住所を有する横浜市民である。

2  被告は、横浜市長として本件条例(昭和六二年一二月制定・横浜市条例第五二号)二条一項所定の実施機関である。

3  横浜市は、昭和五六年に、「安全で快適な市民生活がおくれる都市よこはま」の実現を目指して「よこはま二一世紀プラン」を策定し、新横浜第二都心(東海道新幹線新横浜駅から北西側の地域)の一部をスポーツ・レクリエーション拠点として整備する計画を有していたが、その後、右計画は、建設省が鶴見川総合治水対策の一環として直轄で事業を進めていた遊水地を活用し、交通拠点性を生かした国際級施設、敷地規模を生かした大規模施設及び業務核都市を生かしたスポーツ情報・指導者育成施設の機能を備えたスポーツ・レクリエーション拠点となる施設型公園を整備するという形で進められた(以下「本件公園整備事業」という。)。横浜国際総合競技場(仮称)は、本件公園整備事業の中心となる施設であり、また、本件公園整備事業は、都市計画法上公園事業として行われているが、右遊水地を利用することから、建設省の遊水地事業(以下「本件遊水地事業」という。)と共同して進められてきた。

横浜市は、本件遊水地事業と密接に関連しながら進められる本件公園整備事業を推進するに当たり、両事業の施行に伴う工事中及び施設整備後の周辺の環境への影響を予測し、施設内容、工事内容及びスケジュール等を決定する際の検討資料とするために、パシフィック・コンサルタント株式会社に対して、現況調査をして、将来の環境予測を行い、環境保全対策について、取りまとめさせて、本件文書を作成させた。その内容は、〈1〉事業の概要、〈2〉地域の概況(社会的状況、関係法令の指定・規制等、自然的状況)、〈3〉環境影響要素及び環境項目の抽出(環境影響要素の抽出、環境項目の選定)、〈4〉環境項目別現況、環境保全目標、予測・評価及び環境保全対策(大気汚染・水質汚濁、騒音、振動、廃棄物、動・植物相、地域社会)である(以下「本件情報」という。)。

4  原告は被告に対し、平成五年一月六日付けで、本件条例五条一項に基づき、本件文書を含む右同社作成の報告書の公開を請求(本件請求)したが、被告は原告に対し、平成五年三月一日付けで、本件文書については、〈1〉本件公園整備事業における施設内容及び工事内容に関する部分、公園周辺整備の内容及び整備計画に関する部分(それを前提とする環境予測、評価及び環境保全対策の部分を含む。)、工事による残土発生場所・発生量・搬出方法に関する部分は、本件条例九条一項五号に、〈2〉本件遊水地事業の施設計画及び工事計画に関する部分は同条一項四号、五号に、〈3〉計画区域内の現況利用状況に関する図面二枚部分(以下「本件図面」という。)は、同条一項一号に、それぞれ該当するとして、右報告書の一部非公開決定(本件処分)をし、そのころ、その旨を原告に通知した。

三  争点

本件の争点は、〈1〉原告に本件訴訟の訴えの利益があるか、〈2〉これがある場合に、本件処分に理由があるかであり、これに関する原告及び被告の主張は次のとおりである。

1  原告の主張

(一) 訴えの利益について

本件訴訟における訴訟物は、原告が本件処分に対して取消請求権を有するかどうかであり、本件処分が適法であったかどうかが争点である。つまり、原告は、本件請求をしたところ本件処分を受けたのであるから、その時点で知る権利又は公開請求権が侵害されたのであり、その意味で、本件請求に基づく公開がされなかったという権利侵害状態は現在もなお継続していることになる。このように、原告は、本件処分をされたことにより、本件情報が必要なときに、その開示を受けられなかったのであり、本件訴訟は、こうした本件処分の適法性が争われているのであるから、たとえ、本件処分後に、本件図面を除く本件文書が公開される事態が生じたとしても、本件処分の取消しを求める訴えの利益はあるとすべきである。そうでないと、本来は非公開事由に該当しないにもかかわらず、情報の未成熟性等を理由に非公開決定した後、その取消訴訟の審理中に、当該情報が成熟したなどとして公開することで、「その時点において公文書を公開することを請求する権利」を奪うことが可能になってしまうことになる。また、たとえ、当該情報の非公開処分の取消訴訟の審理中に、処分者が当該情報の公開請求に応じるようになったとしても、取消請求者がその開示を受けるには、当初の公開請求とは別個に新たに公開請求しなければならないのであるから、このような場合にも、訴えの利益はあるとすべきである。

なお、公文書の公開請求に対して、その理由がないにもかかわらず、当該情報の未成熟性を理由に非公開処分としながら、その取消訴訟の審理中に、時間の経過を理由に公開したうえ当該取消訴訟の訴えの利益がないと主張するのは、情報公開を行政機関の恣意に委ねる結果となり、具体的権利として保護されるべき情報公開請求権を不当に侵害するものであるから、このような主張は、信義誠実の原則に反し、許されるべきではない。

(二) 本件処分の違憲性・違法性について

(1) 本件条例は、世界人権宣言、国際人権規約B規約を具体化するための動きのひとつとして見るべきであり、その法的根拠は、憲法との関係でいえば、憲法が保障する国民主権(前文、一五条一項、九三条)、個人の尊重・幸福追求権(一三条)、表現の自由(二一条)、学問の自由(二三条)、法定手続の保障(三一条)、請願権(一六条)、生存権(前文、二五条一項)、教育を受ける権利(二六条)などであり、また、地方自治法との関係でいえば、地方自治の本旨である住民自治を具体的に保障する地方自治法一二条、一三条の住民直接参政権であり、更に都市計画法との関係でいえば、一ないし三条等に規定されている公害防止目的の理念であり、本件条例は、こうした条項により包括的に保障されている情報公開請求権を市政において実現する趣旨で、具体的基準及び具体的請求権が規定されたのである。

(2) 本件文書は、本件情報(〈1〉事業の概要、〈2〉地域の概況(社会的状況、関係法令の指定・規制等、自然的状況)、〈3〉環境影響要素及び環境項目の抽出(環境影響要素の抽出、環境項目の選定)、〈4〉環境項目別現況、環境保全目標、予測・評価及び環境保全対策(大気汚染、水質汚濁、騒音、振動、廃棄物、動・植物相、地域社会)である。)を内容とするものであるが、被告は、これを本件条例九条一項五号の「意思形成過程における未成熟な情報」であるとして、これを非公開とした。

すなわち、被告は、これが公開されると、〈1〉本件公園整備事業が記載どおりに決定されたかのように誤解される、〈2〉その結果、右事業の工事や残土搬出による騒音等の生活妨害、公園及び国際競技場への来場者による騒音被害及び交通渋滞等が発生するのではないかという疑心や不安感を持たれる、〈3〉また、本件公園整備事業、本件遊水地事業の反対運動を展開することが予想され、行政内部の意思形成に支障が生じ、事務事業の無用な遅滞を招くおそれがある、〈4〉しかも、本件文書の記載には、工事発注時期を推測させる期日の記載があり、その期日が施行期日と誤解される、〈5〉その結果、投機目的で土地を取得する者が現れ、用地買収の円滑な執行が妨害され、本件公園整備、遊水地の建設に支障が発生するおそれがある、としている。

しかしながら、本件文書は、民間企業であるパシフィック・コンサルタント株式会社が現況調査して、将来の環境予測を行い、環境保全対策について取りまとめたものであるから、形式的にも内容的にも、被告の検討資料とするために第三者が作成するものであるから、右〈1〉ないし〈5〉のような事態が発生することはあり得ない。

また、本件文書のうち、現況調査部分は、大気汚染をはじめそれぞれ計測機器によって測定した結果を、客観的データとして整理して記載したものであるから、右〈1〉ないし〈5〉のような事態が発生することはあり得ない。

更に、本件文書には、予測、評価及び対策部分が存するが、それは右同社の予測等であって、それが含まれることによりそれ自体として完結した調査報告書となっているのであり、しかも、それが公園整備及び遊水地の建設の資料としては全体の調査ではなくそのうちの一部でしかないとしても、そのような資料として評価されるべきものであるから、本件文書が全体調査の途中における調査結果を記載しているからといって、市民に誤解、疑心又は不安を生じさせるものであるとはいえない。

情報公開請求制度は、地方自治の本旨を基本に考えるべきであり、また、市民が行政機関の有する情報を取得して、行政機関に対し、その誤りを是正するために、陳情交渉、申入れ、苦情などを述べたり、非協力的な態度をとることなどは、住民自治にかなうものであって地方自治の本旨そのものであるから、それをもって、行政内部の意思形成過程に支障が生じるとはいえない。

なお、被告は、平成六年三月二三日に、本件文書について個人情報に関する部分を除いて全部公開したとするが、本件処分の理由とされた右〈1〉ないし〈5〉のような事態がどのように解消されたのかは明らかにしていないことから、本件処分が恣意的、濫用的なものであったことは明らかである。

(3) 被告は、本件遊水地事業の施設計画及び工事計画の情報は、これを開示すると、国との協力関係又は信頼関係が損なわれると認められるから、本件条例九条一項四号に該当するとする。

しかしながら、同号に該当するというためには、右のような事態が発生する蓋然性が高いことが必要である。ところで、地方自治体において情報公開制度が実施されるに伴い、国は地方自治体に情報を供与する際、住民に開示されることを望まない情報については、非開示を求める指示をするのが実情である。しかしながら、本件においては、被告自身認めているように、建設省は、情報の秘匿等の条件をつけていないから、被告が本件情報を開示したとしても、国との信頼関係等が損なわれることはないばかりか、その蓋然性もない。

(4) 本件文書のうち、現在も被告が非公開としているのは、「計画地域内の現況利用状況に関する図面」二枚(本件図面)であるところ、被告は、これは、本件条例九条一項一号所定の「個人に関する情報であり、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」に該当するとする。

しかし、右図面自体は、その記載内容からしても、個人に関する情報でないことは明らかであるばかりか、パシフィック・コンサルタント株式会社が、被告からの委託により現況調査して作成したものであるから、情報としてすべて秘密性がなくなっており、しかも被告以外の外部の者が情報として既に認知しているものである。なにより、本件調査は、個人に関する情報を収集するために行ったものではなく、計画区域内の現況利用状況という土地そのものを対象としたものであるから、本件条例九条一項一号とは無関係である。なお、被告は、登記簿及び公図から土地所有者が特定され、本件図面と照合することで、各土地所有者の財産利用状況を知ることができるとするが、国はそれが重要な情報であるとして、登記簿及び公図により制度として個人情報を開示しているのであるから、こうした情報と結合されることで、本来は個人情報でなかったものが、個人情報になるとすべきではない。

2  被告の主張

(一) 本案前の抗弁

本件は、行政処分の取消訴訟であるから、これが認められるためには、原告が本件処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害されるか、そのおそれがあり、当該行政処分の取消しにより右権利利益が回復される場合でなければならない。つまり、当該行政処分の取消しを求めるについて法律上の利益があることを要するところ、たとえ当該行政処分により個別的かつ具体的な個人的利益の侵害状態があったとしても、その後、事情が変化した結果、右侵害状態が解消された場合には、右法律上の利益は失われるから、当該行政処分の取消を求める訴えの利益はないというべきである。

ところで、本件条例は、横浜市が自らの立法政策として条例を制定して、市民に情報の公開を求める実体的権利を付与したものであるから、非公開処分によって侵害されるのは、本件条例により与えられた個別的・具体的な個人的権利・利益であり、非公開処分の取消しにより回復されるのは、当該公文書の開示を求める権利そのものである。したがって、当該公文書が被告により任意に開示されたり、原告が何らかの方法により右公文書の記載内容と同様の情報を得ることにより、それが開示されたのと同様の状況に至ったときには、非公開処分による個別的・具体的な個人的権利・利益の侵害状態は解消され、その取消しを求める訴えの利益はないことになる。

被告は、平成六年三月二三日に市民からの公開請求により本件文書のうち、本件図面を除く部分を公開(以下「本件公開部分」という。)しており、原告も本件条例に基づき、本件公開部分の公開請求をすれば、その公開を受けられるのである。

また、被告は、本件訴訟において、本件公開部分を書証として提出しており、原告は、本件公開部分の開示を受けたのと同様の状況に至っている。

したがって、本件においては、本件公開部分の非公開という権利侵害状態は既に解消しており、本件訴えのうち、本件公開部分の非公開決定の取消しを求めるについて、訴えの利益はない。

(二) 本案についての主張

(1) 行政の原点は、住民のための行政であり、住民の行政に対する理解なくしては行政は有効に機能しないから、行政情報のうち、住民が知る必要のある情報は確実に住民に伝達される必要がある。しかし、各地方自治体の地域的条件及び特質、行政事務の運営形態等が異なる以上、当該地方自治体が個々の住民に対して情報開示の権利を付与するかどうか、付与するとしてもいかなる情報をいかなる方法でどの程度公開するかは、各地方自治体の自主的決定に委ねざるを得ない。

ところで、本件条例は九条において「開示しないことができる文書」を定めるという形式を取っているが、その内容は、単に権利を制限しているのではなく、開示することにより得られる利益と個人のプライバシーあるいは円滑な行政の必要等の開示されることにより影響を受ける側の利益の両者を考慮して、開示すべきものと開示しないことのできるものとを分類し、開示しないことができるとしたもの以外の文書は開示するということを規定している。

(2) 本件条例九条一項五号は、市又は国等の行政機関における事務事業にかかる意思形成過程においては、情報収集、調査、内部的打合せ、関係機関との検討、協議等が繰り返され、行政機関内部で十分検討、協議がされていない情報等の未成熟な情報が含まれているから、これが公開された場合、市民に無用な誤解、混乱を与えたり、当該審議、検討等を適正かつ効率的に行うことに支障を来すおそれがあるので、そのような行政事務遂行上「支障が生ずると認められる」情報については、開示しないと規定したのである。

また、本件条例九条一項四号は、横浜市の行政が国等と密接に関連しながら運営されているものも多く、その場合には、横浜市は国等の機関から情報の提供を受け、あるいは国等の機関と連携して情報の収集や調査を行ったり、企画、調整及び内部的打合せを繰り返しながら、その行政事務を進めて行くものであり、その遂行のため、あるいは今後、行政事務を遂行するに当たり必要となる情報の提供を受けるためには、国等の協力関係又は信頼関係を継続する必要があることから、「国等との協力関係又は信頼関係が損なわれると認められる」情報について開示しないとしたものである。

したがって、本件条例九条一項四号、五号は、その文言・趣旨からすると、現実に支障が生じることは必要ないばかりか、現実的かつ具体的な支障を及ぼすおそれ・協力関係又は信頼関係が損なわれるおそれがあることも不要であり、経験則上それが容易に予想できればそれをもって足り、当該文書もそうしたおそれについて容易に予想できる程度に類型化して特定されれば足りると解すべきである。

ところで、パシフィック・コンサルタント株式会社が、被告からの委託により環境への予測をした時点においては、本件遊水地事業の施設計画及び工事計画、公園の施設内容や公園周辺の整備の内容及び工事時期等についてはいまだ横浜市及び建設省で内部的に検討協議を進めていた段階であった。本件文書は、このような段階において、横浜市が建設省から本件遊水地事業の施設計画及び工事計画の情報提供を受け、遊水地事業の情報とまだ確定していない横浜市の施設内容や公園周辺の整備の内容及び工事内容等をもとに残土発生量を予測し、あるいは搬出方法を仮定するなどして、工事による環境等への影響及び施設完成後の環境等への影響を予測したものである。

本件公開請求は、被告及び建設省内部において、本件公園整備事業の施設内容及び工事内容に関する部分、公園周辺の整備の内容及び整備計画に関する部分、建設省の遊水地事業の施設計画及び工事計画に関する部分、工事による残土発生場所、発生量、搬出方法に関する部分について、内部的検討及び協議が進められていた段階でされており、環境影響評価等の記載も、当然ながら右検討協議を経ていない段階における情報や予定をもとに予測したものであるから、意思形成過程における未成熟な情報であった。

したがって、このような未成熟な情報が公開されたならば、多くの市民は、本件公園整備事業における施設内容及び遊水地事業の内容、公園周辺整備の内容、あるいはその工事内容や残土搬出方法等が本件文書の記載どおりに決定されたかのように誤解し、本件調査を踏まえて行政側で検討される施設内容及び工事の内容等を考慮することなく、右事業の工事や残土搬出による騒音等の生活妨害、公園及び国際競技場への来場者による騒音被害及び交通渋滞等が発生するのではないかという疑心や不安感を持たれてしまうほか、本件公園整備事業、本件遊水地事業に対する反対運動を展開することが容易に予想され、その結果、行政内部における自由な意見交換等が阻害されて、その意思形成に支障が生じ、あるいは事務事業の無用な遅滞を招くおそれがあることが経験則上容易に予想され、更に、本件文書の環境予測・評価部分には、工事発注時期を推測させる期日の記載があり、これからその期日が施行期日と誤解されるおそれがあり、その結果、投機目的で土地を取得する者が現れ、用地買収の円滑な執行が妨害され、本件公園整備、遊水地の建設に支障が発生するおそれがある。

このように、本件文書は、本件条例九条一項五号に該当する情報であるから、本件処分は、適法にされたものである。

また、本件文書には、建設省から提供を受けた本件遊水地事業の施設計画及び工事計画の情報が含まれており、かつ情報公開請求時点では、これらについて、横浜市と建設省とで協議、検討がされている段階にあったから、この段階でこれらの情報を公開すると、建設省における遊水地事業の遂行上支障が生じるおそれがあり、このような情報を公開すると、建設省との信頼関係を損ない、以後における情報の提供を受けられなくなるおそれや、協力関係を損なうおそれを招来することは経験則上容易に予想し得るところである。

(3) 本件条例九条一項一号は、個人の尊厳の確保及び基本的人権尊重のために、個人のプライバシーを最大限に保護すべきであるという本件条例の基本原則を示すものである。プライバシーは一度でも侵害されると回復困難な損害を及ぼすことになるから、特定の個人が識別され、又は識別され得る可能性のある個人に関する一切の情報については非公開を原則としつつ、法令等の規定に基づいて行われた許可等の行政手続において作成された情報のうち、人の生命、身体、財産等を保護し、公共の安全を確保する観点から公にすることが公益上特に必要と認められるものについては、例外として公開することができるとしたのである。

したがって、右趣旨からすると、「個人に関する情報」とは、当該情報の内容が公開された場合に個人のプライバシーが侵害されるおそれのある情報に限定されるものではなく、およそ個人に関係する情報であれば、これに該当すると考えるべきである。

本件図面は、計画地域内の調査時点における各筆ごとの利用状況が詳細に記載されており、不動産登記法によりだれでも閲覧することのできる登記簿及び公図からそれぞれの土地所有者を特定することができるから、これを公開することは各土地所有者の財産利用状況を知らしめることになる。しかも、本件図面は、本件公園整備事業の推進に当たり、行政機関の検討資料として作成されたものであり、法令等の規定に基づいて行われた許可等の行政手続において作成された情報でないため、公にすることが公益上特に必要と認められたものではない。

したがって、本件図面は、本件条例九条一項一号に該当する情報であるから、これを非公開とした処分は適法である。

第三  争点に対する判断

一  〔証拠略〕によれば、本件条例は、公文書の公開等を求める市民の権利を明らかにするとともに、市政に関する情報の公開及び提供に関して必要な事項を定めることにより、市政に対する市民の理解を深め、市民と市政との信頼関係を増進し、併せて市民生活の利便の向上を図り、もって地方自治の本旨に即した市政の発展に資することを目的とし(一条)、横浜市の区域内に住所を有する者等は、市長等の実施機関に対して公文書の公開を請求できる(五条)が、実施機関は、請求に係る公文書が市の機関内部若しくは機関相互又は市の機関と国等(国、他の地方公共団体又は公共的団体)の機関との間における審議、検討、調査研究等に関する情報であって、公開することにより、当該審議、検討、調査研究等に支障が生じると認められるもの(九条一項五号)など一定の場合には、当該公文書の公開をしないことができる(九条一項一号ないし七号)と規定していることが認められる。

ところで、原告が横浜市の区域内に住所を有していること、また、原告が本件請求をしたところ、本件文書には本件条例九条一項一号、四号、五号所定の情報が記載されているとして本件処分がされたことは当事者間において争いがないから、原告は、本件処分により、本件条例に基づく本件文書の公開を求める権利又は利益を侵害されたことになる。

そして、本件は、原告が、本件処分を取り消すことにより右権利又は利益を回復しようとするものであり、本件処分が取り消されれば、被告は原告に対し、本件文書を開示しなければならないから、本来、原告には、本件処分の取消しを求める法律上の利益がある。

ところが、【要旨一】〔証拠略〕によれば、被告は、市民の請求により、平成六年三月一八日、本件文書のうち本件図面を除く文書部分(本件公開部分)について公開を決定したことが認められ、更に、被告は、平成七年九月一一日の本件第一三回口頭弁論期日において、本件公開部分を書証(乙四号証)として提出し、原告訴訟代理人弁護士藤沢抱一がその写しを受領したことは、本件記録上明らかである。

そうすると、原告は、そのころ、本件公開部分の写しを入手し、それに記載された情報を得たことになる。

右によれば、原告には、もはや本件処分のうち本件公開部分について、その取消しを求める訴えの利益はないものというべきである。

すなわち、原告は、当初、本件処分により本件公開部分の公開を受けられるという権利又は利益が侵害された状態にあったが、その後、事情が変化して右侵害状態が解消されたことになった結果、右法律上の利益は失われるに至り、結局、本件処分のうち本件公開部分については、その取消しを求める訴えの利益はなくなったものというべきである。

これについて、原告は、本件請求について本件処分を受け、その時点で知る権利又は公開請求権が侵害されたのであり、右請求に基づく公開がされなかったという権利侵害状態は現在もなお依然として継続しており、また、本件文書に記載された本件情報が必要なときに、その開示を受けられなかったのであり、本件訴訟は、こうした処分の適法性が争われているのであるから、たとえ、本件処分後に、本件公開部分が公開される事態が生じたとしても、本件処分の取消しを求める訴えの利益はなお存在する、と主張する。

しかしながら、本件は被告のした非公開決定処分の取消しを目的とした訴訟であって、原告に右取消請求権があるかどうかが争点であり、この点が判断の対象である。それゆえ、仮に本件請求が認容されたとしても、本件処分が取り消された結果、原告は、本件公開部分を含む本件文書の公開を得られるにすぎないのであって、それ以上に、何らかの法的効果が発生するわけではなく、原告の主張するところは、事実上のものにすぎない。

また、原告は、被告が、公文書の公開請求に対して、その理由がないにもかかわらず、当該情報の未成熟性等を理由に非公開処分としながら、その取消訴訟の審理中に、時間の経過を理由に本件公開部分を公開したうえ、右訴訟の訴えの利益がないと主張することは、情報公開を行政機関の恣意に委ねるもので、信義誠実の原則に反し、許されないとも主張する。しかし、本件において、被告が本件公開部分を公開するに至った経緯について、原告の主張するような恣意的な事情を認めるべき証拠はないばかりか、仮にそのような事実があったとしても、それは、取消訴訟における訴えの利益を左右するものではなく、これとは別の問題である。

右の点に関する原告の主張は、いずれにせよ理由がない。

二  次に、本件処分のうち、本件図面については、被告は、本件訴訟において書証として提出しておらず、また、他の市民からの公開請求に対しても開示していないから、原告は本件図面について開示を求める訴えの利益があることは明らかである。

そして、前記のとおり、被告が、本件請求に対して、本件図面が本件条例九条一項一号所定の「個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」であるとして、非公開決定処分をしたことは当事者間において争いがない。

ところで、〔証拠略〕によれば、本件図面は、本件文書のうち、第四章の環境項目別現況、環境保全目標、予測・評価及び環境保全対策のうち、4・6の動・植物相(二二二頁以下)の計画地の植生自然度(4・6・19)に添付されているもの(二六七頁及び二六九頁)であるところ、その内容は、計画区域内の土地につき各筆が細かく区分けして記載されており、かつ地番が記載されているもので、その筆の調査時点の現況利用状況に従って耕作畑、水田、落葉果樹園、造園木植栽地、草地、荒地、休耕田、湿地、裸地(建ぺい地、道路等)の九種類に色分けして、各筆の上に色塗りをした図面及び各筆の植生自然度を五段階に色分けして色塗りした図面であること、計画地の植生面積、計画地の植生自然度、環境保全目標等は他の表あるいは図面を使って本件文書の本文において詳細に説明されていることが認められる。したがって、本件図面は、右調査時点における、当該土地の現況利用状況が明示されているから、当該土地の所有者等の財産状況のみならず、土地をどのように利用しているかという私生活に関する情報も含まれているというべきである。

ところで、〔証拠略〕によれば、本件条例九条一項一号は、「実施機関は、請求に係る公文書に次のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書を公開しないことができる。」として「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの(法令又は条例の規定により行われた許可、免許、届出、その他これらに相当する行為に際して作成し、又は取得した情報であって、公開することが公益上特に必要と認められるものを除く。)」と規定していることが認められる。

この規定方法によれば、【要旨二】本件条例は、個人のプライバシーの保護を主要な制定の趣旨目的としていることは明らかであるが、その文言からすると、明確にプライバシーと認められるものに限って非公開とできるとしているのではなく、プライバシーであるかどうかが明確でないものも含め、個人に関する情報について非公開とする趣旨であると解することができる。

したがって、財産状況、所得及び私生活等に関する情報なども右の個人に関する情報に含まれると解される。

右によれば、本件図面は、個人の財産又は私生活に関する情報であるといわざるを得ないから、右の個人に関する情報に該当するということになる。

次いで、本件条例九条一項一号に該当するためには、「個人に関する情報」であるだけでなく、「特定の個人が、識別され、又は識別され得る」ものでなければならない。

ところで、同号が、「特定の個人が識別される」ことだけを要件とせずに、「識別され得る」ことで足りるとしていることからすると、本件条例は、個人のプライバシーを尊重するため、当該文書における特定の個人の識別可能性については、右文書そのものだけからこれが認められる必要はなく、そこにおける情報のほかに、他から容易に取得できるような資料等をも総合することにより、個人を識別特定できるような場合も、右非公開事由に当たるとしているものと解すべきである。

そして、土地については、その登記簿及び公図等を調査するなどすれば、その所有者等の氏名については、容易に判明するのが通常であるから、これらの資料を総合検討すれば、本件図面にその所有者等の記載がなくても、そこに記載されている、右調査時点における各筆ごとの利用状況という、個人の財産状況、所得及び私生活等に関する情報が明らかになることは避けられないというべきである。

また、本件図面は、前記のとおり、本件公園整備事業の推進に当たり、行政機関の検討資料として作成されたものであるから、右同号所定の「法令等の規定に基づいて行われた許可等の行政手続において作成された情報」でないから、「公にすることが公益上特に必要と認められたもの」ではないことは明らかである。

右によれば、本件図面は、本件条例九条一項一号に該当するというべきであるから、これを非公開とした本件処分は適法である。

三  よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 秋武憲一 小河原寧)

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